2016年12月14日水曜日

ギークハウス良いとこ一度はおいで

この記事はギークハウス Advent Calendar 2016 の14日目の記事です。


私がギークハウスに住んでいた期間は、今年2016年の5月から9月までの5ヶ月間だ。
住んでいたのは、ギークハウス新丸子。通称ギー丸子。多摩川のすぐ近く、川崎市にある。

では、どうしてギークハウスに住もうと思ったのか。

もともと都内の実家で暮らしていたのだが、なぜかふと「ああ家を出よう」と思ったのだった。
そして、賃貸情報のウェブサイトを各種回って、色々検索したのだが、そこではたと気づいたのは、良い条件の賃貸物件は高いということ。
低価格で住めるところといえば、職場にもかなり遠くなり、そうなると実家を出ることで「費用もかかる」「会社も遠くなる」という話になる。
一方で、心底、一人暮らしがしたいと思ったわけでもないのだった。
単純に、家を出つつ、お金がそこまでかからない暮らし方はないものかと思ったのだった。

そこでググった結果、はじめて「シェアハウス」という存在を知る。
共用スペースがあることによって、相対的に家賃が下がる。
しかも、他の住人と交流ができる。

なんだ、こんなウマイ話があっていいのかと(笑)思って、そこからはネットの海をシェアハウスに絞って探していった。

色々シェアハウス情報を調べたところで「コンセプト・シェアハウス」という存在があることも知った。
住人、およびその家じたいにコンセプトがあって、その価値観に賛同する人たちが一緒に住む家。
なんと!おもしろそうだなと感じた。

ということで、次にはコンセプト・シェアハウスに絞って、ググっていろんなシェアハウス情報掲載サービスを眺めていった。

そのなかの1つに、ギークハウス(どこのギークハウスかは忘れてしまったが)を見つけて、ネットで育った人間としては心惹かれる何かを感じて、もう少し深く調べてみようと思ったのだった。

そしてこの
http://geekhouse.tumblr.com/
ギークハウスプロジェクトのTumblrを見て、空き情報を調べて、オーナー/管理人にコンタクトをとって内覧に行き、住むところを決めたのだった。

空きがあったギークハウスは東京近郊に何箇所かあったが、新丸子にした理由は、内覧に行ったらびっくりするくらい広かったからだ。
今は退去したので価格が一緒か分からないが、私が住むときは共益費込みで月45,000円。リーズナブル。
狭い家に住むのは辛いなあと思ったので、この値段でこの広い家に住めるのならありがたいなと思って入居を決めた。

以来5ヶ月間、いくつかのイベントも自分で主催したり参加したりを楽しみつつ、ギー丸子住民として平和に暮らした。
住む前は想像しなかった、ギークハウス生活の楽しみとして、2つを挙げたい。



1.料理

私はまるで料理スキルがないのだが、それはひとえに経験してこなかったためである。
ギークハウスに住むと、調理用具や調味料も色々そろっているし、イベントもちょくちょくあるので、なんとなく何か料理を作る機会が生まれる。
下手なりにも、クックパッドでレシピを調べ、住民やイベントのときのお客さんたちとわいわい料理を作って食べるのは、ことのほか楽しかった。

2. 雑談

ギークハウスの住民は、ネット界隈が好きな人が多い。したがって自分と興味関心の方向はリンクしている。一方でプログラマやマーケター、ニートなどなど仕事は多様だし、語学に強いとか映画に詳しいとか、みんな様々な得意ジャンルがあったりする。なので、価値観は近いが、知識体系にはバラつきがあって、これによって雑談していると色々と刺激を受けることが多かった。

住む前は、雑談を楽しむためのよく仕組みが内包されているとは、まるで思わなかった。
すばらしい雑談タイムだったなと、今思う。



以上が、私がギークハウスに住んだ経緯である。

なぜ退去したかについてだが、単純に、ギー丸子から会社に行くのが遠くて、最初は気にならなかったのだがなぜかだんだん面倒になってきてしまったという、とてつもない私の面倒くさがりぶりが理由である(笑)。

そもそもなんで遠いのに新丸子を選んだのかというと、もうそれは選ぶときにはそんなに深く地理的・交通のことは考えなかったから。勢いである。

でも直感でギークハウスに住んだからこそ、住民やゲストのみんなと交流したり、ほかのギークハウスに遊びに行く機会ができて色んな人と知り合うきっかけができた。

無計画なことは確かだったのだが、今思うと、ギークハウスに住もうと決めた数ヶ月前の自分の決断はとても良かった。

家を買うときは慎重に、というが、シェアハウスに住むときには、勢いと直感を信じてよいのかもしれない。合わなければ、出ればいいだけなので。

ギークハウス・アドベントカレンダー、明日は Mikami Kohei さんです。

2016年12月7日水曜日

深センのメイカーフェアに勢いで出展してきました。

2016年10月20日から25日にかけて中国に渡り、深センで開かれた"モノづくり愛好家の祭典" メイカーフェア(Maker Faire Shenzhen 2016)に出展してきました!

開発・出展したプロダクト名は「寝落ちSolver」といいます。
寝落ちを検出してすべての家電を自動でOFFにしてくれて、朝になったら手を叩くだけで家電がONにできる、快眠を支える便利なソフト制御装置です。

様子を動画に撮ってみました!






見ていただければわかりますが、とてもアットホームというか、手作り感満載というかそんな展示でした。
しかし、お客さんはたくさんブースを覗いてくれて、けっこうな割合で入ってくれて、私たちのプロダクトを体験したり質問したりしてくれました。

まったく初めての出展で、とくにハードウェアのスペシャリストが誰もいない(ほぼ全員ソフトウェアをつくった経験しかないチーム)のにもかかわらず、ちゃんと「受けた」ことは大いなる自信になりました。

そして、ぜひ多くの日本の方にも、Maker Faireへの出展に挑戦してもらえたらなと感じました。
とりあえず、出展エントリをしてしまうところから始める、「応募ドリブン開発」でも、なんとかなるかもしれません(私たちはそうでした)。

私が通っていたジーズアカデミーは、ソフトウェア開発スキルを学ぶ人が中心ですが、自分でハードウェアとの連携を学んでおられる方も結構多いように感じています。やる気があって、興味が近いメンバーでチームが組めれば、きっとやりたいことができるのかなと思います。
Maker Faire応募は、とてもよい機会として活用できるように思います!


↑一緒に出展したMPSのチームメンバーと。


↑ジーズアカデミーのメンターのびすけさん(ドットスタジオ 代表取締役)と再会!


↑ジーズアカデミー開校直前の際のアイデアソン審査員をされていた、池澤あやかさんにもお会いしました。

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★参考リンク

Maker Faire Shenzhen(深圳)に初出展する最初の一歩の踏み出し方
→同じチームのWataru Katoさんの記事です。

Maker Faire Shenzhenに行ってきました
→現地でお会いしたスイッチサイエンスさんの記事です。

2015年12月19日土曜日

ジーズアカデミーにおける行事、コミュニティへの感謝。

ジーズアカデミーは0からエンジニアを養成する学校である。
初心者であろうとも、プログラミングに向き合い、苦労して課題をこなしながら、少しずつソフトウェア開発の方法を習得していく。

僕も1期生として今年4月に入学した。
プログラミングはほぼ初心者レベルから、なんとか半年の受講期間を終えて、10月末の卒業までたどり着いた。

しかし、本当に通学してプログラミングは学ぶものなのだろうか?

今日では実に多くの「プログラミング学習」ができる、オンラインの独習用Webサービスや、チャットで講師が指導してくれるサービスが存在する。
そっちの方が安いし(タダのサービスもいっぱいある)、通学時間もいらないし、いいことづくめではないかと思われる方もいるかもしれない。

だがオンラインで完結する教育サービスでは決して提供できないものがある。
それは「学校行事」である。

学校行事。僕のような30代にとっては、もはやなんと懐かしい言葉か。
入学式に始まり、運動会、授業参観、遠足、いろいろあって最後に卒業式がある。

学校であるジーズアカデミー、さまざまな行事があるのだ。
事務局で開催してくれる公式行事は。
入学試験、入学式、特別授業、補習、いろいろなハッカソン、そしてグローバル・ギーク・オーディション、卒業式。
…などなど。

また、受講生が自主的に企画するイベントも数々ある。
コワーキングスペースを借りての補習会や、課題進捗報告会。
そして、G’s Partyという受講生のみならず、事務局の方や先生方、協力企業の方々と懇親するパーティも半年の間で2回実施した。

この行事というのが、人と人をつなぐ何よりの機会である。

プログラミング学習自体は、結局孤独に向き合うしかない。
全く理解不能な状況で、転んで立ってまた学ぶしかない。子供が自転車の乗り方を覚えるかのごとくに。

だが、それはすべて1人で背負い込まないとダメ、という意味ではない。むしろ全く逆で、そんな意識でいたらほとんどの人は挫折してしまうだろう。
僕も、プログラミングが難しくて何度放り投げようと思ったことか。

でもなぜ諦めなかったかというと、それは人のつながり、コミュニティの力のおかげだった。
そして、そのつながりはどこで生まれたのかというと、僕の結論は、「行事」なのである。
行事で交わす言葉や、非言語のコミュニケーション、そしてそこに作りだされる共感が、コミュニティの本質を形成する。

行事は、必ず運営の人たちが、準備をして、参加者に対して何らかの体験をする場を設けてくれるものだ。
それは仕事かもしれないし、ボランティアかもしれない。
だがいずれにせよ、人に対するもてなしの精神の発露であり、参加するからには、そこに対して感謝の気持ちを持っていたいなと思う。

...そんなわけで何が言いたいかというと。

昨日、12/19(土)はジーズアカデミーの大忘年会が開かれた。
1〜3期生、そして講師、チューター、メンター、事務局の方、皆が参加して大いに盛り上がった。

集合写真はこちら↓。




















酒を飲み、苦労と夢を語りあう。
この繋がりは、オンラインでは得るのはなかなか難しいだろう。

コミュニティを支えてくれる方々へ。心からの感謝を。


2015年10月14日水曜日

ぼくはエンジニアになれない。ならない。

まもなく、10月末日をもって、ぼくが通っているエンジニア養成学校「ジーズアカデミー」の1期が終わる。

7ヶ月前、僕は漠然としたエンジニアへの憧れとそうではない自分へのもやもやした感情を抱いて、入学試験を受けて、ジーズアカデミーの門をくぐった。

そこからの半年がまもなく終わろうとして今思うこと。

僕はエンジニアにはなれない、し、ならない。

ただしこれは、夢が破れたという辛い結末ではない。
むしろまったく逆で、自分のできること、やりたいこと、市場に求められること、の3つの要素の交わる位置を考えたときに、私のそこは「ソフトウェアエンジニア」ではなかったということに体験を経た上で、ようやく納得したということ。

だから前向きというとおかしいかもしれないけれど、これでよかったと思っている。

ジーズアカデミーの同期でKさんという方がいる。
Kさんは30代後半までまったくプログラミングと関係ない人生を歩んできたが、職業訓練校にたまたま通うところを発端に、さまざまなプログラムを自分で組み、今年ジーズに入学。
そして50名の同期の中でも、トップクラスに尖った作品(プログラム)を発表し続けた人だ。

いまでは、ソフトウェアエンジニアとしてフルタイムで働いている。

Kさんを見ていて僕が思ったのは、技術の習得への熱意、ものづくりへの情熱というのが、エンジニアにとって本当に大事だということだ。

僕はKさんと時々話していて、情熱の注ぐポイントが本当に違うなと思った。
しかしだからこそ、世の中はうまく回り、様々なサービスやプロダクト、研究成果が生まれ、組織や共同体が成立しているのだろうと感じたのである。

同じエンジニア能力を身につけようという学校の中でもここまで見ているものが違うというのは、僕にとって納得のいくことだった。

Kさん以外にも、ほぼエンジニアとしての経験がないところから次々とエンジニアとしての転職を決めていく仲間たちを見ていて本当に素晴らしいなと思った。
何より彼らは皆、人間的に尊敬できるし、一緒にいて楽しくて。

僕はエンジニア能力を開花させていく彼らと、ちっとも技術が身につかないで、ハードルの前で倒れてばかりいる自分を対比しつつも、別にそういう自分が、そんなにイヤでもなかった。

僕は4年間ゲーム会社にいて事務職を務め、2年間ソフトウェア会社で営業をしていたが、その間、自分が「つくる」ことはなかった。
つくれなかった。

だからエンジニアに対して尊敬していたが、それは種もしかけもない箱から奇跡を取り出すような感じで捉えていたフシがあると気づいた。

それは、違っていたのだ。
自分で、苦労してコードを学んで書いてみて、他の人のコードを見せてもらって思ったのは、すべて、種としかけがあるのだ。
けれど、種としかけを使いこなすには、そこに熱中し、熟達するプロセスが必要なのだ。

天才という言葉は事実誤認を生みそうなので気をつけないとなのだけど、ひとつ思うのはソフトウェアエンジニアは天才である必要はない、というかもし本当に天才だと、いいエンジニアではないかもしれない。

苦労をしながら技術習得して、そして他のエンジニアやそうでない人との交流から、自らの領域を広げたり、深めたりできるのが、いいエンジニアなのでないか。

話を戻すと。
僕は、エンジニアにはなれないし、ならない。
じゃあ何をするんだ、できるんだというとよく分からない。

だけど。少しだけれどエンジニアの道を、自分で歩いてみたことは、かけがえがないと思っている。

故・岩田聡さんの言葉を、最後に貼りたい。

岩田さんはエンジニアから、経営者という二足の草鞋を履くようになり、そして42歳にして任天堂社長を引き受けた。
僕がもっとも尊敬する人である。

自分にとってのこれからの進み方の指標として、この「労力のわりに周りが認めてくれること」を見つけ、それを楽しめるように、日々やっていけたらと思っている。


好きじゃないけど得意なこともありますし,好きだけど,実はあんまり得意じゃないよっていうことも結構あって。だから,仕事というのは「得意なこと」をやった方がいいんです。好きだけど得意じゃないことに溺れると,仕事っておかしくなることが多いんです。
(中略)
自分の労力の割に周りの人がすごくありがたがってくれたり,喜んでくれたりすることってあるじゃないですか。要するにね,「それがその人の得意な仕事なんだ」って話で。逆に,自分的にはすごい努力して,達成感もたっぷりあるのに,周りからは「はあ?」みたいに思われることもあって。それはね,本人が好きだったとしても,実は不得意なことかもしれないんですよ。
(中略)
この話はですね,私は毎年,会社説明会で学生さんにお話しているんです。よく「自分の強みを見つけろ!」みたいな話を学校で言われると思うんですけど,普通は,学生時代に「何が自分の強みなのか」なんて,なかなか簡単には分かんないわけじゃないですか。
(中略)
だから,「“労力の割に周りが認めてくれること”が,きっとあなたに向いてること。それが“自分の強み”を見つける分かりやすい方法だよ!」って,いつも学生さんに喋ってるんですね。「さっさと得意なことが分かった方が,人生はいいぞ!」って話なんですが(笑)


任天堂・岩田氏をゲストに送る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」最終回――経営とは「コトとヒト」の両方について考える「最適化ゲーム」
http://www.4gamer.net/games/999/G999905/20141226033/index_3.html

2015年9月21日月曜日

未来のことを悩むのをやめ、作り始めるべき(と気づいた)

Webにかかわるサービスを開発、運用する技術はすごい速度で変化しているという。
エンジニアが最新技術にキャッチアップしていくためには大変な勉強が必要だと言われている。

しかしそれを聞いているばかりだと、ぼくのような初心者がWebサービスを作るのはどんどん恐ろしくなっていくような気がする。

B2CでもB2Bでも、企業としてビジネスをして利益を上げ続けないといけない商業ベースのWebサービスならば、安定運用や改修開発サイクルを素早く回すために、エンジニアチームに求められる水準が上がっていくことは理に適った流れかもしれない。

しかしその技術トレンドや開発技法を習得せねばという意識は、個人でお金にならなくてもいいから何か作りたいと思う人は、乗ると危ない Big Waveかもしれない。

だいたい原理がわかっていないのに、高速化や分散化の技術を知ろうというのは、学習の好奇心という意味では大変よいことだが、現実に開発の助けになるかというと、たぶん情報過多を引き起こして、場合によっては硬直して動けなくなるのではなかろうか。
てかまさしくぼくが。

ちょうど、「オートメーション・バカ」というニコラス・G・カーの著作を読んでいかに自動化が人間を原理の理解や、道具を身体の延長のように感じてつくるプロセスを楽しむ、という状態を遠ざけてしまうかを、大変に考えさせられた。
そして、技術情報の海で動けなくなっていた自分も発見した。

調べすぎて、悩むばかりで手が動かないと、経験して学べないから結局作れるようにならないという罠にハマっている。ここがいけなかった。

応用的なネットワーク技術や、どのフレームワークが良いか、というのは、基本ができて何かローンチできて、サービスが大きくなってから、考えれば充分だ。
基本のHTMLや周辺技術という「基本装備」だけで、とりあえず街から出て、戦ってみる(=動くものとして出す)ことをしないと、なんも進まない。
失敗しても誰かに迷惑をかけることもないのだし(そもそもユーザがいない…)動けないことこそが一番もったいない。

ここまで来るのに時間かけすぎたが、あきらめなければ道はあると信じる。



関連して。

ママリQママリjpという妊娠や子育ての悩みを持つ女性の課題解決を志向し、熱い支持を受けてユーザ数がどんどん伸びているサービスがある。
運営会社 connehito さんは、友人の島田さん(@tatsushim)がCTOをされている。
(今日、お会いしてお昼をご一緒した)

その connehito エンジニアチームブログの最新投稿で、島田さんの書かれてることが刺さった。

 インフラエンジニアがサービスの0→1を創る際に意識した、たった1つのこと
 結論からお伝えするとサービスの立ち上げ時に「完璧なインフラ構成は必要ない」というお話です。
 (中略)
 1日が本当にあっという間に過ぎていく中で、如何に本質的なことにエンジニアのリソースを投下できるかが勝負の分かれ目だと感じています。


今や多くのユーザが愛用しているサービスのCTOの言葉である。重みがある。

そして、ぼくのような初心者にも転用できる学びが詰まっている。
自分に向けて換言してみた。

Webサービスをはじめて作る時には、未来のことを悩むのをやめよう。
顧客が使うイメージ、構成の見取り図だけを描いたら、作り始めよう。


やるしかない。

2015年8月29日土曜日

なんでもいい発表、失敗の場

何かを5分間で発表して、フィードバックをもらうという体験をした。
拙さマックスだったが、発表し、コメントをいただいて交流が生まれるのはうれしかった。

「なんでもいいから発表する」というのは、あるようでなかったことだと思う。

たとえばエンジニア勉強会のLT(Lightening Talk)と呼ばれる発表は、特に規模が大きくなればなるほど、発表希望者も増えるし、となると内容提案による選別のプロセスが入らざるを得ない。
これは至極当然で、多くの人の時間を共有するほど、主催としては、その時間の質が高いほうが望ましいからだ。
発表は、聞き手にとっては離脱の自由がない、と感じやすいから(本来的には自由に離席してもよいけど)この配慮は意味がある。

しかし、これは副次的に発表内容の質が向上していく必要がある、という力学がはたらく。望ましい姿でもあるが、一方全く発表したことのない人にとってはよりハードルが高くなり、参加をためらう(人も出てくる)。
というか、まさしくぼくはそう感じている。

そんなことないよ、どんどんチャレンジしよう、と言っていただける方も多いのである。とてもありがたいことだ。
しかし、もしフォーマットとして最初から「なんでもいい」と明示されていれば、主催者も発表者も聞き手も、「なんでもいい」と合意形成がなされた場になるので、ハードルが下がる。

これは、とても価値がある取り組みに思える。
もちろん発表自体は、ぼくがやったように拙いものも割合としては増えてしまうけれど、大げさに言うと、経験を積んで発表者のこれからの人生が少しでも後押しされる、という未来投資の要素は、代替のできない価値を感じる。

ぼくが関わっているスタートアップウィークエンド(SW)のコンセプトにもこれは大いに通じる。
SWは失敗してナンボの場である。むしろ本質的には失敗しかない、と言えるかもしれない。起業のプロセスは、仮説検証という名の失敗の連続だ。逆に言うと失敗していないのは挑戦していないに同じである。どんなに計算してスマートにやろうとしても、予測不能な現実では、挑戦したら必ず失敗する。失敗を恐れたら始まらない。

後ろ指さされること恐れるのは、1つしかない正解を言わされる教室と、硬直して人間性を失った組織や企業の中だけで充分だ。だが悲しいかな、そういう場がとても多いし、ぼくも人生の多くの時間をそういう場で過ごしてきた。

挑戦し失敗した人を讃えて、またその経験を伝えてもらう場を設け、ゆくゆくはそれが当たり前な環境が形成されるよう、SWの活動を続けたい。
また何よりも、自分が挑戦することが必要だと改めて思う。

感銘を受けた「リーダーシップの旅」という書がある。
ここの一節がすばらしい。

Lead the self.
Lead the people.
Lead the society.

社会を変えるようなリーダーになろうとするなら、まずは自分自身にリーダーシップを発揮すること。
挑戦する姿を見て、赤の他人だった人が、同志や支援者となってくれる。
その先に初めて、社会が変わっていく道がある。

この本を教えてくれたのは、任天堂前社長の岩田さんだ。
岩田さんの人生そのものが、まさしくこのリーダーシップの旅だったのだと、逝去されて少しだけ時間が経った今、そう思う。

ぼくは社会を変えていくリーダーになれるか、なりたいか、そういうことは正直分からないのだけど、まず自分をリードすることは必要というか、そうしたい。

まずは今は、Webサービスをひとつ、つくること。
そして、スタートアップウィークエンドのリードオーガナイザーとして、次の横浜のSWを「失敗を讃える場」となるよう、バトンをつなぐこと。

楽しんでやりたい。義務でも苦行でもなく、挑戦なのだから。


リーダーシップの旅  見えないものを見る
(光文社新書)   野田 智義 金井 壽宏


2015年8月27日木曜日

KPI of Startup Weekend Yokohamaイベント、予告。

昨日 8/26 はStartup Weekendのイベントを横浜で開催した。

ゼロからイチを生み、1から100に成長させるとは? ~Startup Weekend Yokohama 夏のイベント~

場所は横浜グローバルステーション。
イベントのスピーカーの山口豪志さんが運営する、横浜のベンチャー企業の集まる場である。

今回はStartup Weekendのファシリテーターの石原吉浩さんと山口さんが起業のフェーズごとに熱く語る、という企画だった。
結果的には大盛況といってよかったと思う。
40人以上参加されて、飲み会には20人が参加された。
ぼくの事前予測ではそれぞれ30、10人くらいだったので居酒屋は予約数を超えて急遽店員さんに電話相談するといううれしい誤算だった(笑)。

Untitled

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石原さんとあとでメッセージしたときにイベントの成功のKPIはなんだろうという話になり、石原さんが言われた「飲み会の参加状況と盛り上がり」がKPIなんじゃないかという仮説に同意した。

非営利で、飲み会も自己負担のイベントの飲み会をいやいや来る人というのは考えづらい。登壇者や参加者と交流したいという意思の行動への発露が飲み会参加であるとするなら(もちろん諸事情で飲み会参加したくてもできなかった方もいらっしゃると思う)よいKPIなんではないか。

たとえば紙のアンケートは、記名式か無記名かにもよるが、課題の洗い出しについての有効性は一定程度あると思う反面、成功のKPIとしてはあまり使いづらいのではと、思っていたので、飲み会という行動型KPIはいいかなと思う。
あとはイベントの参加率も。
もちろんやむにやまれずドタキャンする人もいるし、それに対する批判なんてさらさら思ってないが、来たいから来るんです!という行動発露KPIとして、ただ単に評価軸になるかなと思っている。

とはいえ、今回の場を次に繋げていくことが何より大事なので、本番はここから!

スピーカーの山口さん、石原さん、そして運営全般に活躍いただいた朝倉さん、本当にありがとうございました。

ぼく自身、学ぶことがとても多かった。
山口さんの「企業は人なり」のメッセージが本質だと思った。

起業したり、成長のために組織を成長させるというのは、人間だけができることだ。
昨今の人工知能(AI)の進歩の中で、人間だけができることはなんだろうとよく考えているのだが、少なくともまだ起業したAIや、成長戦略に携わったAIは、いないだろう(笑)。

AIに仕事を奪われることを恐れて19世紀のラダイト運動に似ている機械の排斥を訴えるよりは、IA(Intelligence Amplification:知的増強)の可能性を見て、機械の活用と、それによって人間がより楽しくしごと(自分がなすべきをして、他者に価値を生み出す)できないかと取り組むほうが楽しそうだ。

って、話ずれ過ぎた(笑)。

予告。
Startup Weekend Yokohama 4 (仮) 本番イベントは2015年12月4(金)〜6(日)を仮で予定!
昨日、大垣のStartup Weekendオーガナイザーの浅見仁志さんと意気投合して、ほぼこの日程で決めた。


また告知していきますので、興味あります方はぜひスケジュール開けておいてくださいな!
以下がDoorkeeper (イベント登録サイト)なのでこちらからコミュニティにご参加ください。
https://swyokohama.doorkeeper.jp/